「次の世代のために」。そんな思いで三重県で家具店/家具修理店を営んでいます。

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アアルトが学んだ環境

ABOUT ARTEK

コンフォートマートは家具店で毎日を家具を販売させて頂いております。せっかく大切なお金をお支払い頂き素敵な家具をお買い求め頂く訳ですので、お買い求め頂くお品の歴史であったり、成り立ちであったり、できるだけ深くお伝えさせて頂き、よりお買い求め頂いた家具を好きになって頂きたいと思っています。好きになった家具って、相当簡単に手放すようなことはないと思うんです。身近なものを毎日大切に、そして長く使うことで、小さなアクションだと思いますが、持続可能な社会を作る礎になって行き、私たちがずっと楽しく過ごせることに繋がると思います。そのために、ちょっと長くなりますが、もっとArtek(アルテック)を好きになって頂くため、私たちが調べたArtek(アルテック)を皆様と共有したいと思います。しばらくの間お付き合い下さいませ。

フィンランド 森とフィヨルド

Artek (アルテック)はアアルト中心のフィンランドのブランド

Artek(アルテック)を語る上で、Artek(アルテック)がある国「フィンライド」そして、その創設者の1人であり、彼の建築、そしてデザインを世に広めようとArtek(アルテック)が創設された理由である人物、Alvar Aalto(アルヴァ・アアルト)の生き様を見て行く必要があるような気がします。Alvar Aalto(アルヴァ・アアルト)そ中心にArtekという会社の成り立ちやそして理念を見ていきたいと思います。

「北欧家具=デンマークの家具」との方程式から抜け出せなかった

コンフォートマートが北欧家具にどっぷり浸かるにつれ、とても気になっているブランドがありました。「Artek」です。何も知らない私たちは「あのスツールのどこがいいんだろうか?」と失礼ながら思っていました。

Artek, Alvar Aalto「Stool 60」/Hans J Wegner 「J16スツール」

デンマークの家具に慣れていた私達はただ単純にデンマークで同年代にデザインされた木製家具の複雑さが「普通」と思い込んでしまっていて、Aalto(アアルト)がデザインしたStool 60のように、なんだか簡単に作れるような簡単な構造の椅子がどうして同年代の北欧に存在し、しかも世界に認められていることについて不思議でならなかったというのが正直な気持ちでした。ただ単純に「北欧家具=デンマークの家具」との方程式から抜け出すことができなかったのです。

MITの「Baker House」を見て衝撃

MIT「Baker House」

ある雑誌の特集でAlvar Aalto(アルヴァ・アアルト)がありました。ぱらぱらと見ていた時に飛び込んできた建築物を見て衝撃を受けました。Alvar Aalto(アルヴァ・アアルト)がデザインしたMIT(マサチューセッツ工科大学、ボストン アメリカ)にある学生用の寄宿舎「Baker House」です(1948年に完成した建物で1950年に当時のMITの生徒会長だった「Everett Moore Baker 」が飛行機事故でなくなりその追悼の意味でこの建物は以来「Baker House」と名付けられて今に至っています)。見たこともない有機的な形をした大きな建物がしかも、アメリカの工学系の大学ではトップを走るMITに建てられている。それをデザインしたのがフィンランド人だったという衝撃です。それまで、勝手に「Alvar Aaltoは家具のデザイナー」と思い込んでいた節あったのですが、「あれ違うぞ。アアルトって建築家だぞ」って思い始め、その次に「なんで、日本では家具で有名になってんだろう。しかもあんな簡単に作れるスツールで」と考えを改め始め、以来アアルトについて事あるごとに調べてたりしていました。アアルトは家具に特化した家具デザイナーではなく、建築家。彼がデザインする建築はその中のインテリアと共に完成するとの考えの基、様々な家具をデザインをしていることを知ります。

ヘルシンキにある「Artek 2nd Cycle」が素敵

Artek「2nd Cycle Store in Helsinki」

Artek(アルテック)は2011年にフィンライド ヘルシンキ(Pieni Roobertinkatu 4-6, Helsinki Finland)に中古家具店を始めました。大きなブランドが、しかも新品だけを販売しているブランドが、彼らが以前販売した中古品を集め、それを普通に販売しているお店です。このニュースを知った私は「またまた〜、自社のブランドの古いものを集め、『ほら、うちのブランドの商品はタイムレスで持続可能な商品です』っていうコマーシャルメッセージでブランド強化を計った、そんな販売戦略が透けて見えるなんとなく嫌らしいやり方だな.....」なんて、ちょっと横から目線で見ていたりしていました。

ヘルシンキに買い付けで行くことがあり、この「Artek 2nd Cycle」に寄りました。店員が商品に座り全然接客をしてくれないのは、ヘルシンキにある他の中古品店と同じでなんとも思いませんでしたが、展示してある商品がかっこいいこと。コンフォートマートであるような隅々まで綺麗にお手入れしてある商品もありましたが、そのほとんどは使われている場所から「そのまま持ってきた」そんなものばかりでした。ペイントが剥がれたり、家具に傷があったり、もとあった色の上からDIYで別の色を塗りつけてあったり、デンマークでよく見る「美しい工業製品」としての家具というより、完全に「道具としての家具」が姿がそこにありました。

でも、めちゃくちゃかっこよかったんです。丸い板の下にビスで3本の脚が取り付けてあるだけの簡単なスツールがです。あんな簡単な構造の椅子が使われながら時間が経ち、あんなにもかっこよくなるんだと感心してお店を後にしました。Artek(アルテック)の戦略はどうあれ、一歩お店に入ってしまえば、そんなことどうでもよく、ただ単にタイムレスでかっこいい最高の作品が展示されている最高のお店だという印象だけが残るのです。

Artekブランド、国内で本格的に始動

左から:Robert Weil( Chairman and Founder Proventus AB)、Daniel Sachs(CEO, Proventus AB)、Nora Fehlbaum(Member of the Board of Directors, Vitra)、Rolf Fehlbaum(Member of the Board of Directors, Vitra)写真: Aino Huovio, c Vitra & Artek

2013年にArtekはあのヨーローッパ最大の家具ブランド「Vitra」の傘下になりました。それまで20年の間、スウェーデンの投資会社プロヴェントゥスが所有をしていましたが、さらなる飛躍を求め、資金的に余裕があり、そして家具ビジネスにも精通したVitraに身をまかせることにしました。日本ではずっとArtekの支社は存在せず、国内にいくつもあった販社が独自に直接フィンランドにあるArtekと交渉をして、コンテナに商品を詰めて日本に持ち込んでいました。それがVitraの傘下になったことで、日本に支社ができ、人気商品を国内在庫にするなど、ブランドコニュニケーション、そして品質管理を担うようになりました。コンフォートマートはずっとこの時を待っていました。ブランドを代表する代理店が存在していない中、そのブランドを取り扱うのはとてもリスキーだと感じていました。コンフォートマートは国内で規定をもって品質管理をしてくれ、そして本社と連絡を取り正しいブランドコミュニケーションをまとめてしてくれている会社がいないと、お客様からのご要望が高い日本では将来残って行くブランドにならないとの考えを持っています。日本に支社ができ、きっちりとお客様にご紹介ができる機運が高まったところでArtekのお取り扱いを開始しました。

あの時代のフィンランドに生まれた事の大きさ

Kuortane(クオルタネ)

フィンランドとスウェーデンの国境にあるボスニア湾のそばの街 Vaasa(ヴァーサ)から東に約75kmにあるKuortane(クオルタネ)という街に1898年の2月にAlvar Aalto(アルヴァ・アアルト)は生まれています。4人兄弟の長男坊で、お父さんの名前はJohan Henrik Aalto(ヨハン・ヘンリック・アアルト)、地学を専門とするエンジニアで、当時、フィンランドが持つ豊富な自然資源である「森」を調べる指示を地域からうけ、この街に住む事になりました。

2017年はフィンランド独立100周年記念ということで、お祝いムードが漂っています。Alvar Aalto(アルヴァ・アアルト)が生まれた1898年はソ連支配下の真っ只中。

また、過去の歴史から、多くのスウェーデン人がフィンランド国内に住んでいた時代でもあります。フィンランドの他民族が共同で暮らす一種独特の雰囲気があったと言われています。Alvar Aalto(アルヴァ・アアルト)自身、そういった雰囲気の中で彼が受けた学校教育は彼自身の自我を形成するための大きな一因であったと何度も言ってます。そんな雰囲気の中で培った意識が「帰属意識」や「既存思想」への疑問であると言われています。それまでいいとされたいたことへの疑問。この民族ではいいとされていたことでも、あの民族ではNGとされる考え方や様式、その様式が塊となって国となっている様。さらにその国が別の国に支配されているという現実。既成概念によるハイコンテクスト文化で社会が回っているような日本とはまるで違う考え方があったあの時代のフィンランドに生まれたからこそ、Alvar Aalto(アルヴァ・アアルト)という偉大な建築家は生まれたのだと思います。

時代はバウハウスへ

バウハウスの初代校長を勤めたドイツ人のWalter Gropius(ヴァルター・グロピウス)が生まれたのは1883年。Alvar Aalto(アルヴァ・アアルト)が生まれる15年前。そして有名なバウハウスの教授であったスイス人のLe Corbusier(ル・コルビュジエ)が生まれたのは1887年。Alvar Aalto(アルヴァ・アアルト)が生まれる11年前。この巨匠2名とAlvar Aalto(アルヴァ・アアルト)はだいたい同じ時代背景を過ごしていたと思います。

ヴァルター・グロピウス/ル・コルビュジエ/アルヴァ・アアルト

1800年代(19世紀)、フィンランドは「北欧ネオクラシック様式」の一色

フィンランドでの建築の流れは19世紀になりどんどん代わり、Alvar Aalto(アルヴァ・アアルト)が生まれる19世紀終わり頃はそれまでの「北欧ネオクラシック様式」が終わりを告げ、「モダン建築様式」が推奨され出した頃でした。北欧ネオクラシカル様式で有名なのが、ドイツ人のJ.C.L. Engelがデザインしたヘルシンキにある「 Senate Square」にある数々の建物。彼がロシア皇帝からフィンランドにドイツから呼び出されたのは1814年、1809年にフィンランドがスウェーデンの支配下からロシアの支配下に移った5年後です。フィンランド国内での彼は影響力はとてもすごくて、ありとあらゆる建物が北欧ネオクラシック様式になっていきました。

Helsinki Lutheran Cathedral and Senate Square

自国のアイデンティティーへの目覚めの20世紀

「北欧ナショナルロマンティック様式」で有名なヘルシンキにある「National Museum of Finland」。デザインはEliel Saarinen(エリエル・サーリネン)

1900年代に入り、フィンランド国民は1809年以来続いているロシア帝国からの支配の解放を目指し、フィンランド自国のアイデンティティーを表す表現方法が自然と巷に溢れてくるようになりました。そんな雰囲気は建築様式にも表現されています。例えばそれは「北欧ナショナルロマンティック様式」と言われたりしています。フィンランドに昔からある様式を所々に散りばめた様式です。

Alvar Aalto(アルヴァ・アアルト)もこんな流れにとても影響を受けていて、彼が建築家を目指そうと思ったきっかけはフィンランドでの「北欧ナショナルロマンティック様式」の確立に大きな影響力を残したEliel Saarinen(エリエル・サーリネン)の建築物だと言われています。

Aaltoは絵が上手かった

彼の家族はAlvar Aalto(アルヴァ・アアルト)が生まれたKuortane(クオルタネ)から、父がJyvaskyla(ユバスキュラ)の町の議員に選出されたことから、その街に引っ越すことになります。彼が8歳の時です。幼少の頃、彼が学校の中で一番熱心に取り組んだことは、「絵」です。12歳ですでに彼は地域のコンテストで1位を取っていたり、17歳の時には地元の新聞の挿絵を提供するなど、彼の絵の才能はすごかったらしく、14歳の時には彼の絵は価格が付けられ、販売されていたということです。彼が絵を一緒に学んだ人の中には、フィンランドの写実主義の画家として有名なEero Jarnefelt(エーロ・ヤルネフェルト)が含まれています。Alvar Aalto(アルヴァ・アアルト)が興味を持って取り組んでいた題材はエーロ・ヤルネフェルトと同じく「風景画」や「静物画」です。

彼は彼が生まれたフィンランドという国に興味を持ち、フィンランドが持つ自然の豊かな表情をめいいっぱい吸収して成長しました。

「Lake Shore with Reeds」 , Eero Jarnefelt, 1905

建築へのきっかけは一冊の雑誌「Nuori Suomi」

Eliel Saarinen, Helsinki Railway Station, 1907-1919

絵に傾倒していたAlvar Aalto(アルヴァ・アアルト)ですが、そんな彼に建築に対する興味を沸かせたのはヘルシンキ・セントラル・ステーションをデザインしたEliel Saarinen(エリエル・サーリネン)です。それはJyvaskyla(ユバスキュラ)での雪深く寒い冬の朝だったといいます。彼は当時まだ9歳です。遠い南から電車で運ばれてきた手紙が一通、リビングルームにあったテーブルにおいてありました。フィンランドの暗い朝、いつも頼りはキャンドル明かりだけです。キャンドルの灯りを頼りに目にした手紙の中身は赤い表紙の「Nuori Suomi」(「若いフィンランド」)という雑誌。多分、父親のものだったと思います。その中にEliel Saarinen(エリエル・サーリネン)がデザインしたインテリアのパースが2ページに渡ってカラーで描かれていました。後世、彼はそのパースを見た瞬間「新しい建築の時代になるぞ」と確信したと言っています。間違いなく、この2ページは彼を建築の世界に誘ったきっかけに違いありません。

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4月の定休日

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※毎週水曜日・金曜日・第一土曜日は定休日となっております。
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三重県桑名市大字播磨字宮東299-1
*名古屋から東名阪国道「桑名東インター」出口5分
*駐車場完備(4台)

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